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2013年10月5日土曜日

G.Szell JB Sym.1-4

JB祭りで収穫だったのは久々に聴いたG.セルの交響曲全集。自分が若い頃はなんとも端正に整った演奏でロマン性に乏しい印象が強いという印象だった。セルは大好きな指揮者。やはり古典派の交響曲、シューマンやドヴォルザーク、それに国民楽派の管弦楽曲などは良いがJBには合わないなと思っていた。憂いというか何かブラームスに必要な大エッセンスが欠けているように思っていた。しかし、これが今聴くととってもイィ!
セルという指揮者は吉田秀和が言っているように青磁を思わせる。その佇まいは気品にあふれ人を寄せ付けず凛としている。クリーヴランドo,を鍛え上げ、鉄壁のアンサンブルを作り上げたセル。音楽づくりに容赦はなかったという。もちろん実演を聴いたことなどないし、録音によってしか知らない。乱れのない鉄壁のアンサンブルは驚嘆に値する。が、すべてがすごい演奏というわけではないように思う。完璧なアンサンブルというレベルにとどまってしまっているものも少なくない。むしろ多いかもしれない。けれども何枚かに1枚、そこから突き抜けてとんでもなく凄い演奏をする。そんなところに快感を感じる(ちょっと恥ずかしいけれど)自分がいる。他の指揮者では感じることのない感覚がそこにあるように思う。Tokyo Liveのシベリウスがまさしくそうだ。あとLvB.9もそう。鉄壁のアンサンブルのその先。まるで別次元の世界。声も出ない。
セルはエピックレーベルへの録音が多い。セルというと必ず録音の悪さが話題となるが、自分はあまり気にしていない。晩年、EMIに数枚の録音を残していて、エピックより良いとされる。エピックの録音は今一つだが、セルのソリッドな演奏にはEMIの録音はふくよかにすぎる。シューベルトのグレイトをエピックとEMIで比べると録音年に隔たりがあり解釈やテンポの設定もかなり異なるが、エピック盤のほうjが総じて響きが薄いものの、それがセルのイメージや演奏スタイルにマッチしていると思う。

さて、セルのJBだけれども、この齢になるとコッテリチャーシューメンが胃にもたれてくるように、濃厚な演奏はちょっと遠慮したくなる。若い頃は濃厚コッテリ、ドンと来い!であったから、さっぱりすっきりセルは物足りんかった。それがだんだんと澄んだスープが心地よく胃に染み渡るようにセルのJBがすんなりと身体に入ってくるようになった。そんな感じだろうか。
たとえが分かりにくいな。


                           Comp.symphonies: Szell / Cleveland O +overtures, Haydn Variations 
      自分の所有しているのは画像とは異なる。これは現在入手可能なもの。



2 件のコメント:

  1. セルのCDはソニーのシューマンの全集を持っていますが、残念なことにまだ聴いてありませんでした。今度、気合を入れて鳴らしてみます。
    分析から七味とうがらしさんの、クラシック音楽への造詣の深さが感じられました。
    どんどん、お気に入りを紹介してください。

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  2. お恥ずかしい限りです。考えたことを文章にすることのむずかしさを痛感しています。誤りやご指摘がありましたら遠慮なくお願いします。
    アルゲリッチの本は自伝ではなかったですか。音楽関係の本は高いですし図書館で借りたいところですがこれといったものがなかったりで苦労します。

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