Google+ Followers

2015年8月1日土曜日

Daphnis et Chloé  Martinon vs. Cluytens 玉音放送の原盤が公開

「ダフニスとクロエ―」はロンゴスによるヘレニズム期の物語。共に捨て子だった二人がそれぞれ羊飼いと山羊飼いの夫婦に拾われるところから物語は始まり、恋の神エロスやニンフ、牧神パンの助けを借りながら、すったもんだの末に二人が裕福な家の子どもであったことがわかり、最後には目出度く結ばれるというお話。現在ではなんだかまどろっこしい話の展開だが、ぎこちなく愛をかわす(エッチはしない。キスやお互いの身体をなで回すだけ)場面などは初々しさがあって結構たのしく読んだ。

ロンゴスの物語を基にしたラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」。物語を忠実にはなぞってはいないようだが、原作にあるギリシャの風景(レスボス島を舞台としている)や雰囲気に溢れている。自分にとってはむせかえるようなギリシャの田園風景やエロスと愛らしさの並立する抒情性がなんといってもこの曲の魅力か。

以前は組曲盤をよく聴いていたけれど、原作を読んで以降、全曲盤を聴くようになった。デュトワ/OSM、モントゥー/LSOにギーレン/SWR、それにマルティノン/パリO.、最近クリュイタンス/パリ音楽院O.盤が加わり、これで全曲盤は5種類となった。
ギーレン盤は結構好きな演奏だけれどもトラックが1つしかないという何とも不親切なディスク。
マルティノン盤は74年の録音。官能性、ということではピカイチかな。何だかとってもエロス!。恥ずかしいけれど聴いていると村々してくる。上から下まで艶やかで厚みのある弦の響きと張りのある、でも決してやかましくならない金管楽器。そして何といっても隅々まで瑞々しい木管楽器。パリ管というとミュンシュの幻想やブラ1のように、豪快で動的な反面ややもすると雑に聴こえてしまう(もしくは雑な)演奏というイメージが強いけれども、マルティノンが振るとこんなにもエレガントになるから不思議。

パリ管は67年にパリ音楽院O.を解体、再編して鳴り物入りで作られたオケ。ショルティの自伝では、実際はミュンシュがパリ音楽院O.から56人の奏者を引き抜いてオーケストラの基礎としたためミュンシュにとってはやりやすかったが、その後のカラヤンやショルティ自身はとても苦労したと書いている。また、パリ管はいいオーケストラではなかった。規律を欠き、全体の水準にむらがあった、とも書いている。そのショルティも5年契約の3年目(75年)にバレンボイムを推挙して辞任してしまった。ここからは推測の域を出ないのだが、カラヤンとショルティはオケのメンバーをかなり入れ替えオケの体質改善を図り機能的なオケに変えていったのではないか、と思う。その成果がマルティノンのラヴェルに表われているように思えてならない。どうでしょう?
マルティノンはこの録音の2年後、66歳(若杉!)で他界してしまった。

クリュイタンス盤はパリ管となる前の62年の録音。マルティノンの12年前ということになる。
クリュイタンスの音楽はラヴェルに限らず、ドイツ音楽、フランス音楽ともに音楽のバランスが良い、と思える。ドイツ音楽にはフランス風の軽みがあり、フランス音楽には適度なドイツ的重厚さが備わっている。ベルギー人クリュイタンスの面目躍如といったところ。ダフニスとクロエにもそれが当てはまるように思う。ラヴェルといえどもモヤモヤ・フワフワしない。しっかり地に足が着いた演奏。オケも水準が高い。音もART(アビーロードテクノロジー)で適度に角が取れて聴きやすくなっている(画像は別の盤です。スキャナーの不調で差し替えています)。マルティノンほど官能的ではないがモダン、かつ適度な熱を持ち、聴いているコッチがグイグイと惹きつけられてしまう所はさすがの一言。惹きつけておいてバッサリ。ヤラレタ感。コレが魅力である。

さて、どちらに軍配をあげようか?迷うところであるが、ここは引き分けとしたい。ホント甲乙つけがたし。ダフニスとクロエの川中島(の合戦)や~(彦摩呂風)。


終戦記念日を控えた8月1日、終戦70年を期に玉音放送の原盤の音声が公開された。天皇陛下のご意向とのことだ。宮内庁に保管されていた原盤(2組あり2枚組と3枚組、計5枚)を修復しデジタル録音したもの。ニュースで観た(聞いた)ものは今まで耳にしていたものと違い、昭和天皇のお声はやや高く、驚くほど鮮明で音が良かった。くぐもった感じはなく、すっきりとした音調であった。これまで耳にしていたものはややピッチが低かったらしい。公開された音声はこれまでのものより10秒ほど短いという。やはりオリジナルは音質が良いということか。宮内庁のHPでも公開され、こちらの方はパチパチノイズがあるが、さらに良い音で聴ける。

半藤一利「日本のいちばん長い日」の中で日本放送協会の職員が入念に準備をし録音に臨む、というシーンが出てくる。当時、天皇のお声を録音し、その声を国民が耳にするということは畏れ多いことであって、今だ嘗てなかったことだった。間違いは許されず、それだけに音質にも細心の注意が払われたのだろう。天皇は2度に渡って詔書の朗読を録音されたという。正副2組が作られ、放送では2度目の録音(テイク)?である「正」盤が使われたようである。
原盤のアセテート盤は宮内庁に保管されていたということだが、ウィキペディアによるとアセテート盤はアルミ円盤にニトロセルロースをコーティングしたもので、後の塩ビのレコード盤に比べ強度が劣り、湿度や経年劣化でコーティングが剥離しやすいとのこと。よく保存されていたものだと思うし盤の痛みがひどかったようだがよく修復できたものだと思う。

岩波文庫 赤112-1 1987年

EMI 5 00892 2

東芝EMI TOCE-59036



3 件のコメント:

  1. 本日は暑い中ありがとうございました。
    ところで、話すタイミングも無かったんだが、会ったら富山県大会で高岡商業がこれをやって、すごかったという話をしようと思っていたところ。
    マーラーの件といい、いよいよ話さなくても意思がつうじるようになったのか?(笑)

    返信削除
  2. 追記。
    件の原盤、監修はあの、新 忠篤 氏だったそうな。(テレビでコメントしてました)

    返信削除
  3. うな君
    お疲れ様。暑かったね~。ムンムンする夏にはラヴェルがいいなあ。冷たいソーダのような清涼感。
    新忠篤って何の人なの?ネットでもあんましヒットせんねえ~。
    ま、今週も頑張って行きましょうー。

    返信削除