2015年1月17日土曜日

LB/NYP Sibelius Sym.2 LP

今週末は大荒れの空模様。

先週のオークションで落札できなかったバーンスタインのシベリウス全集。他のオークションに出ていた2番の国内盤LPを落札。それが今日届いた。

録音は60年代の後半。バーンスタインがNYPを辞任するちょっと前にあたる。晩年、バーンスタインはウィーンで全集の再録音に挑んだが、途中で亡くなってしまった。よって、1番・2番と5番・7番のみ残された。自分も再発売されたBOXセットで持っているけれど、あまり聞いてはいないなあ。理由はバーンスタインの個性が強すぎるから、かな?

シベリウスの本命はなんといってもベルグルンドの3つの全集、特に2番目のヘルシンキとの録音だろうと思う。ベルグルンドのシベリウスを語る時に出てくるのが「本場もの」というキーワード。シベリウスに限らずヨーロッパ周辺の音楽では「本場もの」が良いとされる傾向はある。特にシベリウスはその傾向が強いように感じている。同じ近現代の東ヨーロッパ出身、例えばバルトークであれば機能的な、アメリカのオケによる演奏などに人気がある。そろそろそうした価値観の逆転があっても良いのではないかと最近、考えることがある。バルトークはもっとローカルな演奏で聞いてみたいし、シベリウスはもっとユニバーサルな演奏で聴いてみたい、と思う。シベリウスのシンフォニーは土着的でなくても十分に魅力的で力強い音楽だよ。きっと。
バーンスタインのシベリウスは近代シンフォニーとしてマーラーと同様に普遍性を備えた肯定的な音楽としてしっかりと響いてくる。そこにうっすらと北欧の情景が浮かび上がる。晩年の演奏のような無理な感じやデフォルメはなく、曲の良さをしっかりと活かし、とても伸びやかで推進力のある演奏となっている。
今回旧盤に合わせて新盤も聴いてみた。改めて聴くと新盤も十分によい演奏。基本的なところは全く変わっていないように思う。演奏時間は旧盤のほうが短い。新盤は特に第二楽章がかなり遅くトータルで52分弱。録音もあるのだろうが全体的な音楽の濃密さという点では旧盤のほうが濃ゆいように思う。思い入れもあるけれど曲の良さが生きていて颯爽としているのが旧盤、曲に対する思い入れをたっぷりと載せすぎて肥大化させてしまったのが新盤、だろうか。これを円熟と呼んでも良いが、円熟と呼ぶには未熟なような気も少しする。けれどこれも円熟のうちの一つの形と好意的にとらえてもいいんじゃないかな。でもバーンスタインに円熟という言葉は合わないか。




2 件のコメント:

  1. バーンスタインの旧録、最近の状態ならば(両家とも)結構イイ音でなるのかも?うちの新世界も意外な程よかったです。

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  2. 正直、録音はオン気味でパッとしませんです。VPOとの新盤とも比べてみましたがこちらはさらにパッとしませんでした。5&7はなかなかイイ録音ですね。旧盤はこのあと1、3&7が届く予定。楽しみです。
    そういえば新世界、ケルテスはどうした?

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