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2017年10月12日木曜日

忘却 Toscanini LvB Sym.6 Pastorale

すっかりエージングの進んだ七味。
身体的エージングは、すでにかなり進んでいる。特に肩の痛みと関節可動域の制限には悩まされており、行きつけの接骨院のセンセイにも呆れられる始末。
最近では、記憶能力のエージングもかなり進んでいて、ルーチンな動作をしたかどうか忘れてしまうようになった。
例えば、水道の蛇口をひねっただろうか?とか、灰皿の蓋をしただろうか?とか、玄関のカギは掛けただろうか?とかとか…。要は、そうすることが当たり前過ぎて必ずやっているハズなんだけど、そのやったという記憶が全くない、のだ。
あとは人の名前。これは忘れるというよりは一度間違って覚えた名前が直せないことが多い。脳の働きに柔軟性が無くなってきているのだろう。

最近読んだ、河合雅司 著「未来の年表」(講談社現代新書 2017) には2026年に認知症患者が700万人規模になる、とあった。この本、ほかにも2024年には全国民の3人に1人が65歳以上(要は高齢者)、とか2040年には自治体の半数が消滅といったかなりショッキングな数字が並ぶ。ちょっと数字が多くて読みにくいが面白く、というよりマジかよ~、やべぇなぁ、と思いながら読んだ。

26年には七味はまだ50代半ば過ぎくらい。認知症となっていないことを願うばかりだが、自分が高齢者となって認知症になっても、こうして現有のオーディオ機器で音楽が楽しめているだろうか?
認知機能が低下してくると、記憶能力が低下する。ざっくり云うと最近のことを忘れて、新しく物事を覚えることが困難になる。最近の記憶から忘れていき、反対に子供の頃や若い頃の記憶は残りやすい傾向がある。忘れる、というよりは覚えられないという方が近い。
記憶に関して言えば、もしかしたら機器の操作手順を忘れてしまうかもしれない。10歳くらいまでに使い方を覚えたレコードプレーヤーはギリギリOKか?CDプレーヤーはもしかしたら使い方を忘れてしまうかもしれない。
もちろん記憶の問題ばかりでなく、視力・聴力の問題もあるし…。

さて、今日は業者が入っての、家のちょっとした工事の監督をせねばならず、仕事を休んだ。とはいっても別にすることも無いので音楽を聴いた。
トスカニーニのベートーヴェンの交響曲から6番「田園」を。
たしか、演奏会の最中にタンホイザーかなにかワーグナーの曲を演奏中に暗譜していた記憶が混乱して音楽を止めてしまい、その直後に引退してしまったのではなかったか。









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